国際防衛産業の標準化潮流と、日本企業の次の論点

ーNATO-Industry Forum 2025を経てー

国際防衛産業は今、構造的な転換点を迎えています。

その本質は「技術革新」ではなく、より根源的な “標準化(Standardization)による市場再編” にあります。

調達スピード、補給網の回復力、相互運用性(インターオペラビリティ)、越境的なシステム連携…。これら複数の需要が融合し、NATOを中心とした標準化の波は静かに、しかし確実に強まっています。

そして、この潮流は、グローバルサプライチェーンの“設計思想”そのものの再構築につながることを意味するのではないでしょうか。

今回参加した「NATO-Industry Forum 2025」を通して見えた潮流をご案内いたします。なお、「NATO-Industry Forum」そのもののご説明については別記事をご参照ください。

➡ 「NATO-Industry Forum」についての解説はこちら:https://www.jpnca.or.jp/column-article/what-is-nif/

1. 標準化潮流は「政策テーマ」から「実務要件」へ

かつての標準化は、一部の専門家や官公庁内に閉じたテクニカルな議題に過ぎませんでした。

しかし現在、それは 国際ビジネスの入口 に転化しつつあります。

● 標準化が求められる背景

  • ・調達リードタイムの短縮という国家課題
  • ・共同調達・共同運用を前提とした防衛体制へのシフト
  • ・装備品のライフサイクル全体を統合管理する必要性
  • ・国境をまたぐサプライチェーンの可視化要求
  • ・デジタル化に伴う規格整合性の重要性

これらは、個々の独立する課題に見えますが、実際には単一のロジック——標準化——によって整理される領域 です。

欧州・米国を含むNATO加盟国の市場はこの「新しい領域」の上でビジネスを構築しており、更に標準化を進めることで、最適化・スピードアップを促進しようとしています。

不文律(デファクトスタンダード)とされていた文化や傾向が言語化され、標準(スタンダード)となる。そしてこの標準が土台となり、国際市場が再構成されていく様は建設的に見え、街の景観を統一させる様な整備事業のようにも思えます。

今回のNATO Industry Forumはルーマニアのブカレストで執り行われましたが、立ち並ぶ建築物から見ても歪な歴史的背景を、まるで過去のものであるということを強調する意味合いが含まれているような、「協調」の上に成り立つ方針であることを強く感じました。

2. 日本企業の本質的課題は“技術力”ではなく“国際標準との接続”

日本の製造業は国際的に高評価を受けています。

しかし、標準化領域においては例外なく “構造的な不利” を抱えています。

● 具体的なギャップ

  • ・防衛分野の国際規格(STANAG等)へのアクセス難
  • ・国際規格分類体系との整合不備による “比較不能” 状態
  • ・カタログ情報の不足
  • ・標準化議論(WG)への参画欠如
  • ・情報の獲得コストが中小企業ほど高い

日本企業は、

「能力はあるが、評価されるための構造に乗れていない」

というミスマッチの中に置かれていると言えます。

この非連続な状態こそ、国際市場における最大の機会損失です。日本企業の中にはこの点をクリアできている方々もいらっしゃるかもしれませんが、防衛産業界の集合知として保管する拠点が必要です。この点を解消すべく、足がかりとして今回のフォーラムへの参加をいたしました。

3. 国際標準化をめぐる主要論点

国際防衛産業の現場では、多様なセッションが実施されていましたが、5つの論点に収束しました。本稿では概要のみを整理し、詳細はそれぞれの記事で解説しています。

(1)中国・ロシアの軍拡が示す“スピードモデル”の台頭

国家体系に依る、急速な量産・調達・リバースエンジニアリングによって成立する「高速調達モデル」は、標準化の必要性を逆説的に浮かび上がらせています。

➡ 詳細解説はこちら:

▶ 「世界の軍拡動向と標準化の逆説」(準備中)

(2)欧米諸国における標準化

欧州における標準化では調達のスピードと柔軟性、そして信頼性(フレームワーク)をどう確保するかが議論の中心です。一方の日本における標準化活動と比較して見ていきます。

➡ 詳細解説はこちら:

▶ 「欧米の標準化と日本」(準備中)

(3)中小企業の参入を阻む構造的障壁と、その突破口

輸出規制、法律、資金、人材、情報。この“多層的な壁”をどう越えるかが世界共通の課題であり、特に日本企業が直面する問題でもあります。

➡ 詳細解説はこちら:

▶ 「中小企業の国際参入モデルとNATOにおける機会」(準備中)

(4)宇宙領域で顕在化する“標準化の必要性”

衛星データ・観測・通信など、民生と軍需が融合。未整備領域ゆえに、標準化の重要性が一層高まっています。

➡ 詳細解説はこちら:

▶ 「宇宙領域の標準化と日本企業の可能性」(準備中)

(5)ワーキンググループ(WG)が標準化への入口

仕様書そのものではなく、仕様“形成プロセス”への理解の深化。WGは日本企業に開かれつつある最も実務的なアクセス手段と言えます。

➡ 詳細解説はこちら:

▶ 「NATO標準化WGの構造と参加可能性」(準備中)

4. NATOカタログ制度(NCS)との繋がり

防衛装備品の国際調達において、標準化(Standardization)は中心的なテーマとして扱われています。しかし、その標準化を実務として成立させるためには、「物品」や「システム」そのものが必要です。さらに、その目の前にある「物品」に対しては、そのものがどのようなものであるかを識別するための “類別(Codification)” が必要不可欠となります。

類別とは、物品、装備品が「どういったものであり、どのカテゴリに属し、どのような特性を持つか」を共通の体系で定義するプロセスです。標準化は規格を統一する枠組みですが、類別は “その規格を適用する対象そのものを定義する工程” に位置づきます。両者は切り離して考えることはできず、「対象の定義(類別)→規格の制定(標準化)」という順序で機能しています。

そして、この類別の国際標準モデルが NATO Codification System(NCS、NATOカタログ制度) です。この制度自体もまた、標準化されており、NATO規格として制定されています。

NCSはNATOおよび協賛する各国が共通の“辞書”として使用する分類体系であり、装備品の意味づけ・属性・供給者情報を整理し、各国が同一の理解に基づいて比較・調達できる状態を作り出します。

要するに、画一的な類別制度が整備されているからこそ、標準化された規格や国際調達プロセスが実務として成立しているのです。

この関係性が、現在の国際標準化潮流の核心にあります。NCSは国際調達、比較可能性、データ統合の観点で非常に重要な役割を果たしています。

5. 日本企業に求められる「次の論点」

標準化は一見すると地味ですが、実際には国際市場そのものを下支えする“インフラ” です。私達として次のステップとして押さえるべき論点は以下に集約されます。

● 次のステップ

  1. 1.自社製品が国際分類体系上どこに位置するかを把握する
  2. 2.関連する標準化情報の可視化を進める
  3. 3.国際動向を継続的にウォッチする情報基盤を持つ
  4. 4.WGや国際枠組みを“アクセス可能な制度”として捉える
  5. 5.アクセスを試みることにより中小企業でも入れる領域を可視化する

標準化は即効性のある“万能薬”というよりも、様々な要素を合わせて組み立てる”漢方”のような長い付き合いを必要とします。NATOに関する規格規格ともなると各国間での調査や合意形成などを伴うため、長い時間を要することとなります。ここになるとパイオニアとして参画するか、あるいはフォロワーとして参入するか、いずれにしても現状の動向を見つつ活路を見出す必要性があります。

標準化は“静かに迫る必須要件”

国際防衛産業は、いま現在の構成に課題を抱えています。特に、差し迫っている、あるいは実際に起きている事象に対するためにスピード感を持った対応を意識し始めています。これらスピード感を伴った変化も、数年後には“当たり前の前提”として定着するでしょう。目覚ましい技術力を持ってしても、国際市場での輝きが一瞬の閃光として終わってしまう可能性があります。

必要なことは、国際基準をそばに置き続けること、また、そのなかで自社の立ち位置を再定義できる力です。

今回の訪問を通じて、やはり日本の質に対する根強い「ブランド」力を感じました。基礎・先端技術はもちろん、既存製品の一部である構成品・部品も含めて「期待感」を出る言葉の端々に感じたところです。日本という異なる文脈を持つ歴史経験者の参入が、大きな進展を産むことを期待されています。

YOUSUKE HATTORI

About Me

1985年東京都生まれ。一般社団法人日本類別協会代表理事。学生時代よりMILスペックをはじめとする規格分野に関わり、長年にわたり知見を積み重ねてきた。防衛装備庁へのNATOカタログ制度導入や2020年のTier2昇格に携わり、その後の本格運用を支援している。環太平洋NATOカタログ制度セミナーなど国際会議にも出席し、日本の同分野における国際的な連携と発展のため尽力している。

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